AI事業者ガイドラインを読もうとして、本編と別添の分量に手が止まる。社内でAIの利用を広げたいが、どこまで対応すれば足りるのかが分からない。この記事は、AIを使う側の企業が、このガイドラインをどう読み、どう使うかに絞って整理する。
AIの社内ルール全体の考え方はAIガバナンスとはに、社員向けの規程の書き方は生成AIの社内利用規程の作り方に書いた。ここでは、ガイドラインそのものの読み方と、公式のチェックリストの使い方を扱う。
AI事業者ガイドラインとは
AI事業者ガイドラインは、総務省と経済産業省がまとめた、AIを開発・提供・利用する事業者向けの指針だ。第1.0版が2024年4月19日に公表され、第1.01版(2024年11月22日)、第1.1版(2025年3月28日)を経て、2026年3月31日に第1.2版が公表された。
ガイドラインは、自らを非拘束的なソフトローと位置づけている。本編は、関係者の自主的な取組を促し、非拘束的なソフトローによって目的達成に導くゴールベースの考え方で作成した、と書いている。2026年3月に出た「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」も、記載事項の遵守は義務である、という理解を誤解の例として挙げ、義務を課すものではないと説明している。
法律との関係も押さえておく。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)は、2025年6月4日に公布・一部施行され、9月1日に全面施行された。第1.2版の本編は、この法律の施行を受けて、我が国におけるAIガバナンスの統一的な指針を示す、と書いている。罰則のある法律の代わりではなく、自主的な取組の物差しとして読むのがよい。
本編と別添の関係
ガイドラインは本編と別添に分かれる。概要資料は、本編を「どのような社会を目指すのか(基本理念=why)」と「どのような取組を行うか(指針=what)」、別添を「具体的にどのようなアプローチで取り組むか(実践=how)」と説明している。
最初に本編の概要資料を読み、自社に関係する部だけ本編を読み、手を動かすときに別添を開く。この順番なら、全部を通読しなくて済む。
対象になる3つの主体
ガイドラインは対象を3つの主体に分ける。
| 主体 | ガイドラインの定義 | 本編の部 |
|---|---|---|
| AI開発者 | AIシステムを開発する事業者(AIを研究開発する事業者を含む) | 第3部 |
| AI提供者 | AIシステムをアプリケーションや製品、業務の流れ等に組み込み、サービスとして提供する事業者 | 第4部 |
| AI利用者 | 事業活動において、AIシステム又はAIサービスを利用する事業者 | 第5部 |
本編は、同じ事業者が複数の主体を兼ねる場合もあると書いている。生成AIを契約して社員が使うだけなら、主にAI利用者だ。社内データでチャットボットを作り、他部署や顧客に使わせるなら、AI提供者の部も読む必要がある。私の見方では、最初の作業は、自社のAIの使い方を一覧にして、どの主体として関わっているかを決めることだ。ここを飛ばすと、関係のない部まで読むことになる。
10の共通の指針
どの主体にも共通する指針は10項目ある。
- 人間中心
- 安全性
- 公平性
- プライバシー保護
- セキュリティ確保
- 透明性
- アカウンタビリティ
- 教育・リテラシー
- 公正競争確保
- イノベーション
1から7が各主体が取り組む事項、8から10が社会と連携した取組が期待される事項に分けられている。概要資料は、これらの取組を、AIのもたらすリスクの程度や各主体の資源制約に配慮しつつ自主的に進めることが重要だと書いている。
ガイドラインが繰り返すのが、リスクベースアプローチだ。対策の程度を、リスクの大きさ(危害の大きさとその蓋然性)に合わせるという考え方で、第1.2版では、リスクの大きさや発生可能性を加味して対策の優先順位を検討する考え方の説明が追加された。全部の用途に同じ重さの手続きをかけるのではなく、重い用途に手間をかける。
第1.2版で変わったこと
第1.2版の更新内容をまとめた公式資料は、更新の論点として、AI技術の動向の反映、リスクの記載の見直し、主体区分の整理などを挙げている。企業の実務に響くのは、AIエージェントの扱いだ。
第1.2版は、AIエージェントを「特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステム」と定義し、便益とリスク、留意すべき事項を追記した。AI利用者向けの別添には、次の趣旨が加わっている。
- 出力によって重大な影響や被害が生じうる場合は、人間の判断を介在させる仕組みに基づいた判断が重要
- 意図しないデータの漏洩リスクの被害を抑えるため、データ最小化が重要
- AIエージェントやフィジカルAIは自律性を持って行動するため、定期的な操作履歴の確認や報告が重要
- AIエージェントでコード生成が容易になることを踏まえ、生成物の保守・更新が難しくなる可能性と、社内のノウハウの蓄積が重要
AIエージェントに社内システムを操作させる場合の権限の切り方はAIエージェントのセキュリティにまとめた。
公式のチェックリストとワークシートの使い方
別添7として、チェックリスト(PDF)とワークシート(Excel)が公開されている。どちらも総務省の掲載ページから取れる。
チェックリストは全主体向けで、共通の指針を要約した質問が並ぶ。「プライバシーを尊重・保護し、関係法令を遵守しているか?」のように、はい・いいえで答えられる形だ。ワークシートには、共通の指針、ガバナンス、AI開発者・AI提供者・AI利用者の記載例などのシートがあり、取組内容を作成する者、実施状況の確認を行う者、責任者を特定するよう求めている。ワークシートの注意書きは、各事業者の状況に応じてカスタマイズして使うことを前提にしている。
活用の手引き(案)も同じ方向だ。書いてあることを全部そのまま自社に適用すればよい、という理解を誤解の例として挙げ、自社の事業規模や状況に合わせて過不足なく対応するよう求めている。
私の見方では、チェックリストは社内の会議でそのまま読み上げるより、自社の用途ごとに答えるほうが役に立つ。「全社として」答えると「だいたい、はい」で済んでしまい、穴が見えない。
AIを使う側の企業が最初に確かめる項目
活用の手引き(案)は、これから始める企業が最初に準備することとして、組織内のAIの開発・提供・利用の状況を把握する仕組み、リスク評価体制、インシデント報告体制、組織が扱うAIの特性に応じたルールの策定・運用の4つを挙げている。これに、本編第5部のAI利用者向けの事項を重ねて、AIを使う側の企業が確かめる項目を表にした。表は私の整理で、ガイドラインの記載そのものではない。
| 確かめること | 見るもの | ガイドラインの対応箇所 |
|---|---|---|
| 社内で、誰が、どのAIを、何に使っているか | AIの利用の台帳 | 手引き(案)の状況把握 |
| 用途ごとのリスクの重さと、相談が要る用途の線引き | 用途ごとの判定の基準 | リスクベースアプローチ |
| 入力してよい情報の区分(個人情報・機密情報) | 社内規程、研修の記録 | 第5部 プライバシー保護、セキュリティ確保 |
| 提供元の利用規約と、想定された使い方の範囲 | 契約書、規約、提供元の文書 | 第5部 安全を考慮した適正利用 |
| 出力を人の評価に使うときの、人の判断と説明の手順 | 業務の手順書 | 第5部 アカウンタビリティ |
| AIエージェントの操作の記録と、確認する人 | ログの保存先と確認の頻度 | 第1.2版の追記 |
| 事故が起きたときの報告先 | インシデント報告の手順 | 手引き(案)のインシデント報告体制 |
1行目が埋まらないと、残りの行はすべて推測になる。手引き(案)も、どのような目的・用途で、どの部門が、どのようなAIを使っており、どのようなデータを用いているか等の情報を管理する、と書いている。社員が会社の知らないところで使っているAIの見つけ方はシャドーAIのリスクと対策にまとめた。
ガイドラインを社内の仕組みに落とす
ガイドラインは、自らをLiving Documentとして適宜更新すると書いている。一度読んで社内規程を作り、それで終わりにすると、次の版で前提が変わる。本編は、環境・リスク分析、ゴール設定、システムデザイン、運用、評価のサイクルを継続的に回す「アジャイル・ガバナンス」の実践を求めている。
私の見方では、うまく回るかどうかは、ガイドラインの読み込みの深さより、上の表の1行目を誰が、どの頻度で更新するかで決まる。AIの利用の台帳が月に一度でも更新されていれば、新しい版が出たときに、どの用途を見直せばよいかがすぐ分かる。台帳がなければ、改定のたびに全社への聞き取りからやり直すことになる。
業務の現場に入ってAIの使い方と運用を一緒に作る職種についてはFDEとは?Forward Deployed Engineerの意味と仕事内容に書いた。社内でどのAIがどう使われているかを外から確かめたい場合は、私たちのAI利用セキュリティ診断で扱っている。